米国大手旅行専門誌「Travel+Leisure」の「World’s Best Awards 2020 Top Hotels in Tokyo」で1位に初選出されました。
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玄関で靴を脱ぐ。
職人のわざが凝縮された宿で、
懐かしいい草の匂いとともに味わうお茶。
身体の芯まで緩ませ、時を忘れる温泉。
見知った東京の中心に、
日常を離れた和の安らぎがあった。
金融会社が立ち並ぶ大手町界隈に、黒を基調とした一棟の建物が見える。一見、周囲のビルと馴染んでいるが、近づくと黒色に思われた外観は江戸小紋の麻の葉崩しをモチーフにした抜き型で覆われている。石を組んだ小舟のようなベンチや花入れのようなプランターが配置され、辺りは打ち水がされている。まるで新しい解釈の枯山水のよう。都市の真ん中にここだけ違う一角があった。
青森ヒバの一枚板でできた扉が静かに開き、和服姿の案内人に笑顔で迎えられた。一歩、宿に入った瞬間、都市のざわめきがすっと消える。壁一面には、圧倒されるほど大きな竹細工の靴箱。靴を脱ぎ、裸足になって畳を歩く。既視感がありながら異空間であることに、にわかに気持ちが高ぶる。畳敷きの長い廊下の先に見えるのは、紫陽花と光る雨粒に大きな番傘。近づいてみると、一匹の蛙が雨宿りしていた。その遊び心のある設えは二十四節気を表現しているそうだ。うつろいゆく季節を都会の中心で確かに感じる。日本の伝統的な旅館が進化した、新しい宿での滞在が始まった。
合図の拍子木とともに、客室とお茶の間がある小さな旅館に到着した。お茶の間ラウンジは、この旅館に招かれた客だけの、居間のような空間。さりげなく置いてある本、お茶やお菓子は、宿の主人の趣向だろうか。裸足で、滞在着に身を包んだ滞在客が肩ひじ張らない様子でくつろいでいた。ここでは、一人で好きなように過ごすこともできるが、ほかの滞在客とこの場所で何度か顔を合わすうちに、会話が弾むこともあるだろう。「袖振り合うも多生の縁」という言葉を思い出す。棚の茶筒や鉄瓶などの食器類は、日本各地の作家のものを集めたという。どれもその場に馴染むように置かれていて、主人のこだわりともてなしの心が感じられた。お茶の間に、日本の伝統が息づいている。
部屋に置かれていた着物に袖を通してみた。静かな宿の中では、細かなことに気がつく。窓から差し込む光から、畳に移し出された江戸小紋、クローゼットを開けた時の竹の香り、敷き詰められた細かな畳の目、普段は気にしないものに出会う積み重ねが、感情を細やかに刺激する。現代風にアレンジされている着物のまま、宿だけではなく、街中に出てみたくなった。
東京の地下1500mから湧き出た温泉につかる。塩分の含まれたとろみのある湯に目を瞑る。身体中がのびのびし、活気が沸き上がるのを感じる。内湯の奥の洞窟のような通路を進むと、露天風呂に出た。最上階にある温泉は、天井に大きな窓が四角く切られ、空を見ることができた。階段状の縁に座り、風に吹かれて一息つき、空を見上げる。これほど空を眺めたのはいつ以来だろう。オフィス街のまん真ん中にいるのにもかかわらず、東京にいることを忘れてしまった。
足を踏み入れた瞬間に漂う、畳の香り。白檀(びゃくだん)を調合した香りだ。玄関に活けられた花々は宿を訪れる人に季節の美しさを教えてくれる。優しく温かな気分にさせてくれる照明、柔らかな室内着、眠りに誘うふかふかの寝具は、心から安らぐために誂えられている。お茶の間ラウンジでの会話、日本中の美味しいものを発見できる料理は、客人をそっと刺激する。ここは、東京にいながら得られる別世界。日本らしいくつろぎと楽しみがある。次の季節にはどんな楽しみが待つのだろう。